北條カズマレの庵

自分のネットでの活動の拠点の一つです。自作の動画・自作の創作論などの解説を載せていきます。

二月のこと

その日はカフェのイベントで、私もまた他の常連客やイベント目当ての一見さんに混じってゲストを囲んでいた。ゲストは芸人だった。そもそもこのイベントは科学に関する催しである。今回のテーマは「科学と笑い」。ゲストは、科学芸人。そういう触れ込みだった。イベントは和気あいあいと進んだ。芸人のくせにネタの披露が実演ではなく、Youtubeにあらかじめ上げられている動画をプロジェクタで流す方式だったのは解せないが、概ね成功だったと言える。「科学に興味を抱く最初のきっかけになればいい」。彼はそう言った。それはそれで素晴らしいのではあるが……。質問を求められたとき、私は発言することにした。
「娯楽の一回性、消費性、後に何ものらなくていい、その時楽しければいい、そういうのってホント……」
私は私の感覚で数舜「タメ」を作った後、こう言った。
「そういうの、ホント糞だと思ってて……」
わっはっは、と笑いが起こった。二十人足らずの聴衆も、ゲストも、みんなが笑ってくれた。私は満足を感じるが、納得いかない部分もあった。「なぜおまえも笑ってられるんだ?」そういう感覚は踏み消せないタバコのように心にくすぶった。お前、芸人じゃないのか?『火花』をちょうど読んだばかりだったから、芸人と言う存在には憧れに似た感覚を持っていたのだと思う。あまりにも笑いに身をささげたがゆえに、笑えない存在になってしまった登場人物。それくらいの阿呆さを、持っていてほしかった。決して、素人が起こした笑いのほうが大きかったのに、一緒になって笑ってられるような人間を想像していたのではなかったのだ。私はこのゲストの男に幻滅した。芸人という存在にも幻滅した。テレビに対して持っていた、本当にか細い最後の希望までもが、一緒に手放された。もう一つ、この男には我慢ならないところがあった。質問後の懇親会、酒のグラスを傾ける私の目の前で、カレーをバクバク食っているのであるが、これが実に不快なのだ。ステンレス製のスプーンを口に運ぶたびに、かしゅっ、かしゅっ、という音が聞こえる。何かと思えば、この男、スプーンに乗った飯を唇ではなく歯でこそぎ取って食っているのである。音の正体は歯と金属の擦れ合う音だった。かしゅっ、かしゅっ。響くたびに私の歯もうずいた。不快を通り越して、拷問ですらあった。今でも耳にこびりついて離れない、異音。スプーンでカレーを食うたびに思い出してしまう。翌日、私は百均で木のスプーンを買った。今でも時々歯の疼きを思い出す。

#魔女集会で会いましょう が流行っている

Twitterで、果てはInstagramでまで、流行を見せているハッシュタグ

#魔女集会で会いましょう。

これに関して私見を述べたい。

 

まず、観測された共通点として、

・拾われる孤児、もしくは魔女は、少なくとも最初の時点において、誰からも愛されない存在でなければならない
・魔女は物質・基礎教育面において孤児を充足させねばならない。孤児は精神的面において魔女を充足させねばならない。たとえ別離が定めでも。
・寿命の差による死別が存在する場合、魔女は大いに悲しまねばならない
魔女裁判魔女狩りには魔女は敗北しなければならない。それを免れる唯一の道は拾った孤児ないし動物に守られることによってである。
・魔女および成長後の拾われた少年には無数のパターンがあるが、拾われる前の少年が取りうるパターンは少ない(身寄りがない、いけにえとして魔女にささげられた、身体的ハンディキャップがある、等)。魔女に拾われる以外、幸福を得る道があってはならない。
・魔女に何らかの目的がある場合、拾われた少年はそれに異を唱えてはならない。魔女が悪事をするなら少年はともにそれをしなければならない。
・拾われた少年は成長した後、表面上はまだしも根本的な部分で魔女から精神的自立をしてはならない。魔女のほうは「子離れ」をしてもしなくてもよい。

がある。

これらを基本的に抑えておけば創作するうえで見る者の共感から外れることはないだろう。

 

もう少し分析してみる。

よく見られる言説として、

「このハッシュタグでみられる創作物は女の欲望と理想を端的に体現している」

というものがある。

どういうことかと言えば、

・年を取らない魔女という設定

・自分好みの理想の男性を育てたいという欲望の充足。

・血がつながらない疑似親子であるがゆえに恋愛関係も許される。

・そもそも魔女という存在が究極の女性性の発露ではないか

であるがゆえにあの創作物は女性の単純な欲望充足が見られるというのである。

これにはどうも違和感がある。

前時代、ロリキャラブームの折、「男性オタクは自分より弱いものを好む」とする言説がやたら流行ったのと同じ安易さを感じる。

何か…もう少し探ってみる必要があるだろう。

最後に、まとめて置いたメモを書いておく。

何か拾ってくれるならうれしい。

 

基本構造
・既存社会と切り離された無背景の子役
・不老、メンター、でも魔女狩りには弱い
 という属性を持った母親役
 
エモーション・コア
女の理想
→不老の自分と理想の息子との結婚
(ロリキャラを好むオタクの精神分析並みに胡散臭いか?)
 
基本イベント
・不老の母親役と寿命を持つ息子役との別離
魔女狩りで守り守られる立場が逆転する
 
疑似母子相姦の成立が一つのハッピーエンドだが、そのあとの別離は既定路線
 
ありえそうだけど見たことのない路線
→魔女が不老の呪いを解き、人間と同じ時間を歩み始める
→これがなぜないのか
 
発起者、九頭氏の提示した設定
『魔女が拾った男の子が成長して、魔女よりでかくなって(ごつくてむさくてがっしりしてて)魔女を全力で愛して守る男になる話』→このタグで好き勝手していい
 
 
孤児の拾われる前の設定のパターン
・身寄りがない
・いけにえとして魔女に捧げられた
・ハンディキャップ(目が見えない、口がきけない)がある。
 
例によって、単純にこれを転倒したパターンも存在する。(魔女がいけにえにされる、魔女にハンディキャップがある)
 
魔女の孤児を拾う前のパターン
・完全無欠の魔女(でも魔女狩りには負ける)
・疎外感を感じている魔女(人間なんて…)
・自分一人では解決できない問題を抱えており、成長した孤児がそれを解決してくれるパターン
 
成長後の孤児
・魔女と一緒に悪いことをする
魔女狩りから魔女を守る盾になる
孤児が立派に成長する
物質的充足の表象

 

【小説に関する言説】キャラ造形

キャラ造形のお手本

恐らくみんなが知らないであろうとあるキャラを中心に論を張っていこう。

 

具体例

そのキャラとは『水中騎士』(木城ゆきと)に登場する女騎士、ルリハーである。

みんな大好き女騎士。まあそれはさて置き、このキャラの作られ方が実に教科書的でなおかつその造形が作中で明らかにされているのだ。

ざっとキャラの情報を伝えておく。

彼女は二人の偉大な騎士を両親に持つ、騎士の駆け出しである。

まだまだ弱輩で未熟ではあるが、本人は既に一本筋の通った人格を有している。

その彼女なのだが、何がここで取り上げる理由なのか。

具体的に語る前にキャラの内面を語る上での三つの要素について語りたい。

この三つだ。

それは何か。

自己認識とは、自分で自分をこれこれこういう人間だと信じている認識の在り方のことである。

他己認識とは、他人が自分をこれこれこういう人間だと信じている認識の在り方のことである。

超自我認識とは、自分の顕在意識が把握できない自分の本当の望みのことである。本当はどうありたいかのことである。

 ルリハーはこの三つをまるで手引書のように開陳してみせるのだ。それもたった一話の中で。

彼女は本当に厳しく育てられた。騎士として。彼女もそれに応えようとした。愛されるために。

その心を覗いていた悪魔は言う。

この娘の望みは騎士として親に認められること、恐れていることは騎士になることに失敗し、親に見捨てられることだという。

しかし聡い猫は言う。そうではないと。

彼女の本当の望みは自分が騎士になれようがなれまいが関わりなく親に愛してもらうこと、そして本当に恐れていることは、自分に無償の愛を注いでくれなかった両親を心の底では憎んでいることを認めてしまうことだと。

これなのだ。

これこそがキャラ造形のお手本だ。

彼女は自分を屈託なく夢へと邁進する人間だと思っている。

しかし他者から見れば危うい存在に見える。

そして心の奥底には埋められない隙間を抱えている。

生きたキャラはこれら三つの側面から成り立っている。

 

うつ病について

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うつ病

自分が大鬱病エピソード(一般的に言われるうつ状態)に入った時には
よく調べたものだ。
それを還元したいと思う。
 

うつ病の分類

 
うつ(抑うつ気分)

失職や失恋、ストレスなど明確な理由が存在する
人間の自然な感情としての気分的落ち込み
数週間にわたって持続することは稀であり休養で自然に回復することがほとんど

うつ病(大うつ病エピソード)

激しく持続的な落ち込みを主な症状とし
ストレスをきっかけとすることも楽しい気分から一転して落ち込むこともある
つまり心理的な原因は必ずしも存在するわけではない
脳内分泌系の異常が原因であり
身体の不調も伴うことが多く最悪の場合には自殺を引き起こす
投薬治療と適切な休養さえあれば通常一年以内に治るが長期化するケースも
なお全人口の生涯有病率は三割であり再発率は五割と高い
遺伝により発病リスクが増大する

新型(擬態)うつ病
 
うつ病のような程度が激しく持続的な落ち込みと
一見似ているが原因や症状が異なるもの
統合失調症陰性症状や人前で
落ち込んで見せることによって気を引こうとする人格障害
単なる甘えなど様々な状態が総称してこう呼ばれる
うつ病の概念がメジャーになるにつれて
安易なうつ病の診断や誤診・素人の誤った判断などが増えたことが背景にある
甘えであれば治療は必要がないがそうでない場合は専門的な対応が必要
それらの原因とは別にこの病気を単体の病気と認める立場もある
これを単体の病気として認める場合の専門の診断基準が存在する
 
 
今一般的に「うつ病」にくくられてしまう、うつと言われるものは
こういう三つのモノに分類される。
本来、これらは決して混同してはならない。
こちらの動画を見てほしい。自作である。
 

www.nicovideo.jp

 

ここにあるようにうつ病であることの同定は非常な慎重さを要する。

「うつ」を日常語にしてはならない。

「うつうつとした気分」と「うつ病・重篤なうつ状態」は似て非なるものなのだ。

いや、落ち込みの程度においてまったく似ているものですらない。

 そして、うつ病でないものをうつ病にまとめてしまう「擬態うつ病問題」
これに関してはこの記事でまとめて取り扱うわけにもいかない重大さであるから、
また後日改めて言及したい。
ではリソースである林先生のサイトを載せて終わりたい。

北條カズマレの自己紹介

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活動紹介

初めての記事というコトで自己紹介をば。

自分は小説家志望一年生のアラサー。

過去の作品群や活動の軌跡を並べておくので

これを見てもらった方がまずはいいと思う。

 

小説家になろう

言わずと知れたネット小説界の老舗にして巨人、

小説家になろうにて活動させていただいている。

現在は全く書いていない。

・マイページURL http://mypage.syosetu.com/840603/  

 

カクヨム

比較的新しいカドカワさんのサイト。 SFが強い印象なのでSFはこちらに上げている。

・公開小説一覧  https://kakuyomu.jp/users/Tangsten_animal/works  

 

最後にツイッターのURLを載せておく。 大したことは呟いてない。

Twitter https://twitter.com/Tangsten_animal  

 

忘れるところだった。Youtubeの動画も。

Youtube 

www.youtube.com

上記がこれまで書いてきた中で公開することが可能な作品の全て。

あまり出過ぎたことを言うと規約に抵触する恐れがあるので

ここまでにしておく。