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北條カズマレの庵

自分のネットでの活動の拠点です。自作の動画・自作の創作論などの解説を載せていきます。

【小説に関する言説】7.プロット(二)

プロットの中でのキャラクター

キャラクターとプロットは密接にかかわりあっている。

キャラクターから物語が生まれる場合が大多数だからだ。

今回はそれに関する説明を紹介していきたい。

 

キャラクターの置き方

別々の考え方をもつキャラクターが三人いればもうプロットはできたようなものだ。

テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼ。形、影、神。自己認識、他者認識、超自我認識。

ともかく違う属性を登場するメインキャラクターに与えることだ。

全員が「苦悩」を抱えているようにする。

どんな「苦悩」を抱えているか?それを解決するために何をしようとするのか?

それがプロットの中でキャラクターを動かすときにするべき根源的問いだ。

そしてその「苦悩」は荒唐無稽でないものでなくてはならない。

読者が共感・理解可能なものでなくてはならないのだ。主人公の苦悩ならなおさら。

「アーそういえば自分もそんな気持ちになったことあるかも、このキャラクターたちのように実際に行動には移さなかったけど」

それが大切だ。

キャラクターに対し、「何でそんなに苦悩しているの?本当はどうだったらよかったの?」と、最初に問いかけることだ。

そこで浮かび上がってくるキャラの性格があれば、それに基づいてすべてのプロットを組むことも可能。

 

キャラクター同士のやりとりの意味

人と人の間のコミュニケーションを駆動させている原動力は「理解しあいたい」という欲求である。

しかしコミュニケーションをできるだけ長く続けたいとも思っているのだ。

実際に理解しあってしまったらそこでコミュニケーションは終わってしまうから、もったいぶってなかなか本心を言わない。

人間の欲求とは実に矛盾していると思う。そしてこの矛盾こそ物語を成立させる根本ではないのか?

キャラとキャラもわかりあいたいと思っている。いや、思わせないといけない。

そして理解に達するその過程という最もおいしい部分こそを物語の見せ場にするのだ。

わかりあいたいという欲求、わかり合おうとする行動、それがきちんと描けていないとこういうおいしい部分はできてこない。

理解への過程こそが物語の本質であり、人が最も見たい部分だ。

 

具体的描き方

主人公の抱える「苦悩」を様々な角度から見つめるキャラクター達を用意しよう。

「苦悩」をたった一人にしかかかわりのない、閉じた「苦悩」にせず、あるチームが別々の形で共有する「苦悩」にしてしまおう。

そうすればそれは小さなテーマに昇華する。「苦悩」は面白くなるだろう。

上でも書いたが、「苦悩」は共感可能でなくてはならない。しかし「苦悩」を解決するための行動は非現実的であってもいいのだ。

だが行動が非現実的であればあるほど、その行動に説得力を与える方法が必要になってくる。

それはほかのキャラクターの存在だ。そのキャラクターのため、という単純な作り方で非現実的な行動の不自然さを打ち消すのもいい。

しかしこういうのはどうか。

主人公の突飛な行動を冷静に客観的に分析するキャラクターを置いてみるというのは。

それなら主人公の行動自体には共感できなくても、そんなキャラクターに共感させることで物語への没入間を確保できるのではないか?

 

今日はこの辺で。

ではでは。