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北條カズマレの庵

自分のネットでの活動の拠点です。自作の動画・自作の創作論などの解説を載せていきます。

【小説に関する言説】7.プロット(三)

プロットの有用な使い方

トーリーは変化の連続だ。変化のない物語はお話にならない。

個々のシーンもそう。変化がなければそのシーンの効果に疑問符がついてしまう。

じゃあ具体的にどう変化させていけばいいのか。

 

両輪を持つプロット

変化のあるシーンを書かなければならない。

変化のないシーンはつまらない。

そもそもシーンをプロットに詰め込んでいく理由はお話を先に勧めるためだ。

ではびゅんびゅんととにかく先に進む物語がいいモノなのか。

とにかく前進し続ければいいのか。

それもいいだろう。しかしそこから外れたらアウトという話ではないのだ。

バトルラブコメを思い描いてほしい。バトルとラブコメという日本の筋、両輪を持つお話だ。

片方だけの筋に焦点を当てて見て行こう。

物語の序盤。学校へ向かう道の途上、幼馴染ヒロインとの普通の日常が描かれる。…この時点でバトル展開は全く進んでいない。

中盤、散々戦ってきたところで戦闘種族のヒロインとの穏やかな日常が描かれる。…ここでもバトル展開は全く進んでいない。

どういうことか。いついかなる場合もそのシーンは筋を進行させるために書かれなければならないのではなかったのか。

違う。

バトルパートが進んでいない時、そのシーンはラブコメパートを進行させる役割を担っていたのだ。

つまり、このシーンはバトルを進行させる役割、このシーンはラブコメを進行させる役割、と、二つの筋の間をプロットはジグザグに行ったり来たりしながら物語の進行という階段を上がって行っていたのだ。

なぜジグザグなのか。物語には緩急が必要なのだ。緊張感あるバトルパートが連続するのはまずい。

だからこそバトルパートの箸休め兼もう一つの娯楽要素としてラブコメパートが交えてあるのだ。

一つの筋しか持たない物語ではこうはいかない。

勿論それがダメというわけではないが、緩急を一本の筋で実現しないといけないわけであるから…。

…それはそれで大変な考慮を要するわけだ。

筋が二本あれば難しいことは考えずに行ったり来たりで緩急を実現できる。

両輪を持つプロットは優秀というわけだ。

 

このくらいにしておく。

ではでは。